10分間の出会い


 もう直ぐ東京駅、というアナウンスを聞いてNは本をバッグ にしまった。今度の上田行きの車中で読もうと借りてきた本だ 。
 それにしても図書館の本は汚れているんだから・・と思い返 しながらふと隣をみると椅子の上に図書館のバーコードをつけ た本がのっている。

 隣の60がらみの婦人は確か名古屋から乗ってきた。今立ち上がって棚にのせてあったリュックをおろそ うとしているその人はうす紫と黒の横じまのTシャツにベージ ュのズボン、山じたくだ。

Nは思わず
 「これ図書館の本ですよね、私もバッチィ図書館本派でー」
と、今しまった本を見せる。
その人は
 「あら、どこの図書館?」
と言いながら自分の本をNにみせ、
 「私はね、”月山”。いまから月山にいくのでね」
と言う。

 「まあ、遠いですねえ、おひとり?」
とNが言うと
 「わたしね、最近主人を亡くしたんです・・。月山に行きたいねと いいつつはたせなかったんで、思い立ってでてきたの。”月山 ”も読んでなかったんで途中で読もうと借りてきたんだけど、 これって死者を弔うような話、なんだかねえ・・。」
とその人は寂しそうに微笑んでいる。目の縁がうす赤く、えっ、泣いて いる!

 「まあ・・。ご愁傷様でした・・。でもまだまだ楽しい事たくさんありますしお元気出していらしてくださいね。」
Nは言いつつふとバッグの中の包みを思い出した。
 「そうそう、これ今元気いっぱいの阪神タイガーズのボールペン。新神戸で なんということなく買ったんですけど、どうぞもらってやって 。これみて元気だしてね」

 その彼女と連れ立って東京駅に降り立ち乗り換え新幹線の方 へ向かう。お互い乗り換え時間はわずかだ。方向の定まらない彼女を
 「早く、こっちよ」
と言いつつ急がせる。
 表示を読み違えた彼女が逆に行こうとするのを引き止めて連絡改札口につき 駅員に東北新幹線のホームを聞き彼女を押し出す。

 「お気をつけて行ってね。私もたくさん本読みます・・!」
 「ありがとう、わたしのホームをきいてくださったのね・・!」


 たった10分ほどの出会いだったが、その彼女の亡くなった 主人という人の姿をNははっきり感じていた。
 彼女の席の隣のNに早くから目をつけ、タイガーズのボールペンを買わせたのは彼 だ。
 二人に図書館の本を持たせ、Nを東北新幹線への先導役に つかったのも彼だ。
 妻を残し先立っていった夫の魂は、Nを通 して妻を勇気ずけ、そして守りたかった、その意志をNはひし ひしと感じ、ただただなにかにひれふしたい思いを抱え込んだ 。

 あの人も自分の主人の姿をきっと感じたに違いないという確 信に貫かれながらNはあさまに乗りこんだ。