原峠保養園・桜草
(2003年5月)

Photo by 斎藤しまじろう

原峠桜草






 投稿者:しまじろう  投稿日: 5月 5日(月)23時29分07秒

 私はきのう、松本の友人と一緒に原峠に桜草を見に行き、帰りは「わおん」でギョウザとビールでした。
上田市の城下地区の里山にある原峠保養園は前にも書きましたが、何らかの事情で親と一緒には暮らせない、 三歳から中学生までの子どもたち30人ほどが共同生活をしており、友人も卒園生のひとり。
ここは以前は上田二中と城下小学校の分校になっており、彼は松本平の出身ながら二中の後輩にあたることになり、 松本勤務の際に知り合ってもう20年近い付き合いが続いています。

 話は横道にそれつつ少し長くなりますが、その親元を離れた彼が当時あこがれていたというのが 、旧姓WADAという園長夫人、その人はなにを隠そう私めも中学時代、ひそかに思いを寄せた覚えがある音楽の先生でした。

そんな奇遇に驚いた二人ですが、3年ほど前、四六時中、園生の面倒をみなくちゃならないため外出もままならない 園長夫人のためにコンサートの出前をしょうじゃないかと相談し、共通の友人である才能教育研究会の指導者たちでつくる 弦楽アンサンブルを引きつれ、板前である友人は手巻きずしの材料を100人分くらい仕込んで、昼食付きのコンサートを 始めました。

 そんなことで私もトトロの森のような原峠へ行くようになったのですが、そこでは今、当時の中学で鉄拳制裁教師、 あるいはたんに暴力教師として勇名をはせた先生たちが、すでに退職し、好好爺然として園の庭仕事に励んでいるのでした。
「この桜草はあの○○先生が丹精をこめていらっしゃるのよ」という園長夫人の説明に、思わず「あの○ちゃん、 前非を悔いて、こんなとこで償いの日々を送っていたのですか」と口走ってしまった私。
その不用意な発言は○○先生を大いに傷つけてしまったらしいのですが、1週間ほど前、園長夫人を通じて 「今年はよく咲いたので見に来てもらいたい」と誘いがあったので、駆けつけました。
花の写真は、アップロードされることがありましたら、ごらんください。

 この板前の店は松本で、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーの溜まり場だったりして、面白い話がいっぱいあるのですが、 それはまたいつか紹介します。